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永昌院 山門幕.JPG

歴史

History

歴史

永昌院は寺伝によると、寛文元年(1661)。当時、安毛村(あたげむら)であったこの地に玄徴尼が来住した事に始まります。

その後、同、寛文十年(1670)に、現在の関市下有知の龍泰寺二十世、鰲山正(見)雪大和尚(ごうさんしょうせつ)が一寺を建立し、開山となり、太平山 永昌院となりました。

 

現在の本堂は江戸時代末期の十六世定応和尚の時代に再建されました。

 

鰲山正雪大和尚

薩州伊佐(現:鹿児島県薩摩郡)出身。元和九年(1623)生まれ。

生まれながらに凡流と異なり。身を飾る事なく、相眼は銅鈴のごとく身長は常人を超えていたと伝わっています。

十六歳で同州野本(現:鹿児島県鹿児島市)の笑岳寺にて出家。

各地から請われていくつもの寺院の住職となり、また多くの寺院を建立、改宗をさせ、県内でも霊泉寺(美濃市上河和)・香積寺(関市日吉町)・円通寺(関市小屋名)など、十数ヶ寺のご開山となっています。

また黄門様で知られる水戸光圀公とも縁を結んだとも伝わっています。

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